大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和41年(わ)395号 決定 1974年5月16日

被告人 鳥居義昭 山下隆也

主文

本件異議申立を棄却する。

理由

一  検察官の本件異議申立の理由は、原決定を発した当裁判所の訴訟指揮権の行使が違法であるというにある。即ち、

(一)  刑事訴訟法二九九条一項は、訴訟関係人が証拠書類又は証拠物の取調を請求するについての規定であり、本件の場合、検察官が取調請求をしないというものについて、右規定によらずに、原決定を発したことは、適正妥当な訴訟指揮権の行使といえない。

(二)  最高裁判所第三小法廷の昭和四八年四月一二日決定によれば、真実被告人の防禦のため必要である場合には、開示命令が許されるとされているところ、原決定において示された理由では、被告人の防禦のため特に必要な場合に該当するものといえないから、原決定は、右判例に違反する。

二  しかしながら、刑事訴訟法二九九条一項は、証拠調を請求する場合、その当事者が相手方に対し人証の氏名住所を知る機会、若くは証拠書類、証拠物を閲覧させる機会を与えるべき旨を定めた規定にすぎず、証拠調の請求がきまっていない場合には同様の機会を与えてはならないことまで定めているのではないから、裁判所が訴訟指揮権に基き具体的必要その他の事情を判断して一方の当事者に対しその手持ちの一定の証拠方法を相手方に開示すべき命令を発することが同条項に牴触するものでないことは明らかで、当裁判所のした原決定はこのような訴訟指揮権に基く決定である。また、検察官所論の最高裁決定(判例時報七〇三号一二頁登載)は、検察官の冒頭陳述のなされたのみの段階で、公訴権濫用の主張に関し検察官に対してなされた証拠開示命令が許されない旨を判示したものであって、本件とは、全く事案が異なるうえ、その内容においても原決定と矛盾しないから、原決定が右最高裁決定に反するとの主張は採りえない。

三  ところで、本件訴訟における証拠開示をめぐる経緯を見るに、弁護人は、昭和四三年六月二八日の第六回公判期日において当時起訴状朗読をしたのみで、被告人らの被告事件に対する陳述未了の段階において検察官に手持ち全証拠の開示を求め、裁判所に対してもその旨の命令を発すべきことを申し出で、昭和四三年九月三日の公判準備手続、同年一〇月一日の公判期日、同月一五日の公判準備手続でこれを廻り論議の末、結局裁判所の勧告に基き検察官において検察官申請証人で警察官である者については採用決定のあり次第、その余の者については主尋問終了直後に、それらの者の検察官に対する供述調書を弁護人に開示する旨約したことにより訴訟進行が合意されるに至り、順次、これらの開示が実行された。

そして、検察官申請証人一三名の全員、弁護人申請証人のうち七名の取調が終了し、ほとんど審理の終局に近づいた昭和四八年二月一二日の第三〇回公判期日において、弁護人が改めて開示未了の検察官手持ち証拠の開示を求めた後、同年八月一五日受付の書面をもって、検察官申請証人狭間義ほか九名(警察官)の司法警察職員に対する供述調書等の開示を求める申出をなした。検察官は、証拠開示問題についてはすでに解決済であるなどを理由に右開示に応じないため、当裁判所は、昭和四九年二月二五日第三五回公判期日で訴訟指揮権に基き弁護人の申出の一部を認容し、原決定を下すに至った。

四  本件訴訟におけるように、双方の証人調がほぼ終了し審理の終局に近い段階において、弁護人が検察官に対しその手持ち証拠の開示を求めるとき、しかも、すでに検察官に対する供述調書がかなり広汎にかつ審理の早い時期に開示済である場合、一般的には、反対尋問権行使、弁護人側証人申請とその取調などの主要な防禦活動において右開示済の書面が活用され、すでに防禦が尽されているとみることができるかも知れない。

しかし、弁護人が主張し、検察官が明らかに争わないところによると、原決定の対象となった各供述調書および現行犯人逮捕手続書の供述者作成者合計五名の検察官に対する各供述調書(いずれも開示済。但し裁判所に証拠申請されていない)には、「その詳細(又は状況、逮捕の状況)については前に橋爪警部に申している通りです」(狭間義、岡本好司、南敏晴)、「その状況は前に西署の車部長に申している通りです」(井田敦夫)とか「その概要は私が作成した現行犯人逮捕手続書の通りであります」(堅田千万城)とあって、原決定の対象となった各書面の記載を事実上引用しており、また、前記検察官に対する供述調書記載の記号のうちに、その意味説明が同様に原決定の対象となった各書面に譲られていることを認めることができる。

本件訴訟の主要な争点については、検察官弁護人双方とも供述証拠によって立証しようとしており、しかも双方の申請証人の供述内容がたがいに著しくくい違っているのが実情であり、それら証人の証言の信用性について特に仔細にわたり慎重な検討が求められるのは自然の勢いであるところ、すでに開示済の前記五名の検察官に対する各供述調書には前記のとおり引用部分など不明確な個所が存し、その記載内容を正確に把握するには原決定の対象とした検察官手持の各書面を閲覧することが必要不可欠であり、弁護人において右各検察官調書を当該証人の弾劾証拠として申請するか否かを判断するにあたり、補充的に原決定の対象とした各書面を閲覧する機会を得ることは、被告人の防禦のため特に重要であると認められる。

そして、原決定の対象となった各書面の供述者、作成者は前記のとおりすでに証人調が終了し、かつ、開示済の供述調書の供述者でもあって、これまでに、被告人側がこれらの者に対し罪証隠滅や証人威迫などを企て実行したような弊害があったことは全く認められないばかりでなく、検察官においても、原決定の対象となった各書面が開示されることによって将来新たな弊害が現出する可能性がある訳でないことについては異論がない。

五  そこで、この様な各書面については、現段階において弁護人の閲覧に供することが必要かつ相当であると認められるから、裁判所の訴訟指揮権に基き検察官に対し右各書面の弁護人に対する閲覧を命じた原決定は適法かつ相当であって、これに対する検察官の本件異議申立は理由がない。

よって、検察官の本件異議申立を棄却することとし、刑事訴訟法三〇九条三項、刑事訴訟規則二〇五条の五により主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例